安音です♪

 

私は平成5年(1993年)生まれの現在25歳。

生まれた時には既に平成でした。だから平成の時代しか知らないんですね。

 

ブログを書いている私にとっては欠かせない、インターネットの普及。

でもバブル景気は終わりに差し掛かっていて、世の中の先行きはものすごく不安。

そんな時代に私は生まれました。

 

その平成も残り僅か・・

私は普段元号を意識するほうではないんですが、いろんなメディアで去年から数えきれないほど「平成最後の~」を聞かされたこともあって、少しずつ実感が湧いてきています。

時代が移り変わるってこういう感じなのかっていう。

 

そこで私も、自分の今までの歩みを振り返りながら、平成という時代について思うこと、そして令和に向けた思いを書いてみることにしました。

同世代の方、お時間のある方、どうぞお付き合い願いますm(__)m



安音の平成自分史

出生~幼少期(平成5年~12年)

サッカーJリーグが開幕して、レインボーブリッジが開通した平成5年。

異常気象による記録的な冷夏とコメの不作に見舞われた年でもあります。

 

そんな中、宮城のド田舎にものすごーく内気で、恥ずかしがり屋の女の子が生まれましたとさ。

それが私です。

 

小さい頃から大人しい性格でインドア。

外で友達と元気に鬼ごっこ・・なんてことはほとんどしなくて、家や週末のお出かけ先で家族と過ごす時間が好きな甘えん坊でした。

 

当時自分が大好きだったもので、まず思い浮かぶのはテレビ。

まだNHK教育テレビと呼ばれていた現在のEテレを朝と夕方に観るのが日課でした。

『ひとりでできるもん!』とか『英語であそぼ』とか、観てましたね~。

『おかあさんといっしょ』90年代のCD

『おかあさんといっしょ』はけんたろうお兄さんとあゆみお姉さん世代です。ファミリーコンサートも観に行きました。

まさに「だんご3兄弟」が大ヒットしていた時期で、家にも12インチのCDがあったのを覚えてます(多分今もどこかにしまってあるはず)

「アンネリズム~An-Ne Rhythm~」桜葉安音(幼少期)

私はこの頃から音楽教室に通い始めたんですが、当時はまだピアノではなく子供用のキーボードを弾かされてました。上の写真はその発表会の時のものです。

『もののけ姫』が公開されて、幼稚園で米良さんの主題歌を鍵盤ハーモニカで演奏したことも(映画自体を観たのはかなり後になってからでしたけど)

 

あとはなんといっても小さい子向けのアニメ。変身する女の子にめちゃくちゃ憧れました。

幼稚園の七夕の短冊に「セーラームーンになりたい」と書き、『おジャ魔女どれみ』の魔女見習い服を母に作ってもらい、『神風怪盗ジャンヌ』のロザリオや人形で遊んでいた。

そんな空想と現実の区別もつかないような、純な幼少期が私にもありました。

 

そうそう、人形といえば、私が昔遊んだのがメルちゃんですよ。

もうたっくさん可愛がりました。ミルクをあげたりお着替えさせたり。

お風呂に入れると髪の色が変わるんですよね。中に入った水を抜く時に首を外さないといけなくて、ちょっと抵抗あった記憶が(^^;
(しかも調べてびっくりしたのが、平成4年誕生ということ。私より先輩・・)

 

もちろんリカちゃん人形でもいっぱい遊んだし、ジェニーちゃんも確かいたはず。

そうやって、家にこもって自分の世界ばっかりに浸っていた子供でした。

だから自転車に乗れなかったり、運動が苦手になったりしたのかもしれません( ̄▽ ̄;)

小学校時代(平成12年~18年)

ノストラダムスの大予言が当たることもなく、西暦が2000年代に入るのと同時に、私は小学校へ入学。

さらにその翌年(平成13年)、世の中は21世紀という新しい時代へと突入していきました。

でも9.11のテロやイラク戦争があったりして、世界情勢はかなり緊迫していましたね。

 

この頃から私は本格的にピアノを始めて、ミュージカルのレッスンにも通い始めました。

昔から歌や踊りは好きだったんですが、これを機にますます楽しくなって。

学校行事の出し物で「世界に一つだけの花」をノリノリで歌ったこともありました。

ソファーで本を読んでいる女の子

でも、暇な時はいつも家で絵を描いたり、マンガを読んだり・・と相変わらずの超インドア。

テレビもやっぱり好きで、当時は『トリビアの泉』とか『学校へ行こう!』が毎週のお楽しみ。

「みのりかリズム4」は休み時間の定番だったし、おもちゃのへぇボタンをこっそり学校に持ってきてた子もいたな・・

 

まだネットというものに馴染みがなかった子供時代、私がトレンドや情報を得ていたのはテレビ・ラジオと雑誌でした。

学校でパソコンの授業は受けたけど、自分用の携帯もまだ持ってないし、SNSなんて言葉もなかったですし。

そんな自分が将来ブログというものを書くことになるなんて、この頃は想像も出来ませんでした。

中学校時代(平成18年~21年)

トリノオリンピックで荒川静香選手が金メダルを獲得した平成18年(2006年)、私は中学生に。

この時期になると、トレンドを追いかけることはそれほどしなくなりました。

人付き合いが苦手だった私は、この頃完全にクラスで孤立していて、周りの人とほとんど話をしなかったからです。

 

その分、自分自身が好きだと感じるものを大事にするようになりました。

より自分の世界に入り浸るようになったわけですね。

 

例えば、クラスの女の子達がジャニーズに夢中で、毎日ドラマの話ばっかりしていても、私は気にならない。というかついて行けなくてもいいや、という感覚。

音楽も流行りのJ-Popはほとんど聴かずに、その頃の私は他の人が知らないようなロックばっかり聴いてました。

ただそれを表に出すことは恥ずかしくて出来なかったので、本当にこっそりハマっていた感じでしたけど(苦笑)

 

「みんなが見てる(聴いてる)から自分も」とか「周りに置いて行かれないようにしよう」っていうのが、ちょっとずつ面倒になってきたんです。

そんなに好きじゃないものを、周りを気にして無理に「好き」って言うより、自分が本当に好きなものを愛でるほうが気楽な感じがして。

高校時代(平成21年~24年)

高校に行ってもそれは変わらず、私は必要以上に流行を意識することはしませんでした。

唯一乗っかったブームといえば、平成21年(2009年)にマイケル・ジャクソンが50歳で亡くなって、再評価された彼の音楽を聴くようになったこと。

当時入っていた吹奏楽部で「Thriller(スリラー)」を演奏したり、家でムーンウォークやダンスを練習したりもしました(笑)

 

そんな高校時代の忘れられない経験といえば、やっぱり東日本大震災ですよ。

>>それでもきっと、春は来る

 

津波で大きく変わった街の姿を見て、「目の前にあることってずっと続くわけじゃないんだな」「あって当たり前なものって何もないんだな」ということを感じました。

家族とか故郷とか、自分の身近にあるものを大切にしたいと思うようになったのも、この震災がきっかけでしたね。

大学時代(平成24年~28年)

そして平成24年(2012年)、私は地元を離れて音大へ進学。

初めての一人暮らし。最初こそ不安だったけれど、慣れるとすごく楽しかったです。

食べる料理もテレビの時間も自由ですからね♪またしてみたいなぁって今でも思います。

シンセサイザー

学校では作曲を専攻して、自分の作品を創ることに没頭。

人生で一番音楽に熱中した時期で、一日中学校の制作室やピアノの練習室にこもってたこともありました。

その間、地元の東北楽天ゴールデンイーグルスが初の日本一に輝いたりもして(平成25年)。

 

創作の世界にすっかりのめり込んだ私は、「表現することを仕事をしてみたい」と考えるようになりました。

でも自分に自信がなくて、就活の時期はアピールポイントがなかなか見つからなかったんです。

大人のストレス社会の中で、こんな弱っちい自分は本当に生きていけるのかな?と、働くことに強い恐怖心があって。

 

でも周りは就職を促してくるし、確かに働かないといろんな人に笑われるかもしれない。

だったら、好きなことや得意なことで仕事がしたい。でも自分に勤まる自信はない・・

 

仕事探しや自分探しで迷いに迷った私は、結局就職先が決まらないまま卒業式を迎えました。

 

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【体験談】周りに合わせようとして辛い目にあった私だから言えること

社会人→現在(平成28年~31年)

平成28年(2016年)春、しぶしぶ地元に戻ってきた私は、知人のコネで福祉施設に就職。

ところが、入社から半年で心療内科に通うほどストレスを溜め込む事態に。

 

天皇陛下が生前退位の意向を示されたのもこの年でした。

「え、平成もうすぐ終わりなの?」と少しだけびっくり。もっと続くものだと思ってましたもんね・・

 

それから約1年と半年後の平成30年4月、ストレスと度重なる不安感に襲われて、私はその会社を退職しました。

新卒2年、たった2年足らずの社会人歴。平成最後の年は無職という立場です^^;

 

ただこの経験から分かったのは、「他人の価値観に自分の生き方を委ねても仕方ない」いうこと。

「周りがこう言ってるから」とか「こうじゃなきゃダメな気がするから」とか、そんなことを意識したって楽しくない。

ちゃんと自分で選びながら生きたいんだ、ということを感じた経験でした。

 

そして現在、私はブログや音楽を通して、自分の中にあるものを表現する活動に取り組んでいます。

自分が昔からやってみたかったことを少しずつ形にしている最中です。

 

職もないしたくさんのお金もない。これからどうしていきたいか迷うこともしょっちゅうあります。

でも、なんかワクワクしてるんです。間違いなく人生で一番楽しい時期を迎えてると思ってます。

 

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【まとめ】楽しいことやっていこう~令和へ向けて~

ということで、私の超個人的な平成振り返り話をお届けしてきました。

 

こうして見てみると、私にとっての平成は「居場所探し」みたいな時期。

人間関係にたくさん悩んだ。没頭した趣味もあった。学校生活や仕事・習い事でいろんな経験もした。

その中でずっと「自分はどこでどうやって生きていくんだろう」と探し続けていたように思います。

 

でも、いくら考えても先のことは分からないじゃないですか。

だったら自分に出来ることって、今を楽しんで生きていくことだと思うんですよね。

 

時代によっていろんな流行が生まれるし、価値観や常識も変わっていく。

それをただ追いかけたり、合わせようとするんじゃなくて、本当に自分がいいと思うものを見極めて大事にしていく。

そうやって自分で選んでいくことが、毎日を楽しいものにしてくれるんじゃないかって。

 

私も今までそれが分からなくて、周りに正解を求めたりしてきたけど、平成の終わりになってようやく楽しみ方が分かった気がします。

ゆとりだとかなんだとか、マイナス面ばっかり見られる世代ではありますけど。

でもこの時代に生まれて良かったですよ、本当に。

 

出会ってきた人も経験してきたことも、全部今に繋がってますからね。

誰に何を言われようと、自分が幸せならそれで充分だと思います。

家の庭先に咲く赤いチューリップ

平成31年4月1日、菅官房長官が掲げた新しい元号は「令和」。

一人ひとりが自分の花を咲かせていく時代。

自分の居場所は周りに正解を求めずに、自分で作っていこう。そんなことを感じている今日です。

 

 

・・なんかすごいマジメな人生論になっちゃいましたけど(苦笑)

新しい時代、自分の力で楽しんでいきましょうね!

 

安音でした、チャオ♪