安音です♪

 

ちょっとずつ暖かさを感じるようになってきた3月ですが、花粉症の人にとっては辛い季節ですね・・

私も目のショボショボと闘いながらこの記事を書いてます(汗)

「卒業式」と書かれた黒板のイラスト

3月といえば卒業式のシーズンでもありますね。

慣れ親しんだ場所や人とのお別れ。ちょっと寂しさを感じる季節。

 

それで、この間ふと思ったんですが。

よく卒業式のエピソードで盛り上がる時って「泣いたか泣かなかったか」が話題になるじゃないですか。

あなたはどうだったでしょう。泣きました?何か印象的なエピソードはありましたか?

 

私は結構涙もろいほうなんです。

その場で実際に泣くほどではないんですが、我慢する程度には泣きそうになる。

だから、卒業式もなんかこう、熱いものが込み上げるというか、胸にグッと来るようなイベントだったんですよね。

 

そこで今回は私のどうでもいい卒業式話を踏まえながら、日々の過ごし方・生き方について思うことをまとめてみました。

雑談的な自分語り記事ですので、読みたい方はどうぞゴロゴロしたり足を崩したりしながらごゆっくりお読みください。

特に現役学生の方、大いにウェルカム!



安音の卒業式エピソード

小学校時代(2006年)

まずは私が小学生の頃の話から。

通学する小学生の女の子のイラスト

私にとって小学校の6年間はまさに挑戦の日々でした。

とにかく、当時は気になること・好きなことを片っ端からやりたがってたんですよ。

 

絵を描くのが大好きで、コンクールに応募して最高賞をもらったこともあった。

ピアノを習って、ミュージカルも習って、さらに学校のブラスバンドにも入っていて、夏休みはほぼ無いに等しかったけど充実していた。

イベント事も好きだったので、学校行事の出し物にも積極的に参加した。

 

そんな6年間でした。

今振り返ると、よくあそこまで頑張れたなぁと自分でも思うんですが、子供だしそれだけ純粋なところがあったんでしょうね。

 

ただ5年生の時にいじめにあったことがきっかけで、人間関係に対する苦手意識が強くなっていった時期でもあります。

周囲から孤立することが増えて、「○人ずつグループ作ってくださーい」ってなると必ず取り残されるようになったり・・

いろんな人から心無いことを言われたりもして、結構最後の2年間はしんどかったです。まあ負けじと学校には通い続けましたけど。

 

でも、なんだかんだ言って楽しかったですよ、小学校。

好きなことを一生懸命やった。人と関わるのが辛くなったりもした。

いいこともそうじゃないこともあったからこそ、「充実してたな」って今では思いますね。

 

そんな小学校の卒業式。

不思議と式の最中は平然としてました。

 

証書もらう時にやらかさないかとか、「別れの言葉」をちゃんと間違えずに言えるかっていう緊張感があったせいかもしれないですけど。

まだそんなに実感がなかったのかな、と思いますね。この頃の感覚じゃ6年って結構長かったですし。

「あぁ卒業するんだなぁ」ってぼんやり感じていたくらいでした。

 

ただ最後の合唱の時に、私の斜め後ろに座っていた男の子が号泣し出したんですよ。

ハンカチ出して結構な勢いで泣いてて。

それを見て、なんか急に寂しくなってきちゃったんですよね。もらい泣きはしなかったですけど。

「6年間が終わるんだな、いろんなことがあったな」と、ちょっとずつしんみり。

 

ちなみに合唱したのはコブクロの「桜」でした。

J-Popを合唱曲として歌うことが増えてきたのもこのあたりからですかね。

ちょうどドラマ『Ns’あおい』の主題歌になっていた時期で、その流れで誰かが選曲したんだと思います。
(当時は先生じゃなく生徒同士が話し合いで決めてました)

グレーの封筒と白い手紙

それでうちのクラス、担任の先生から一人一人手紙を渡されたんです。「家に帰ってから読んでください」って言われて。

で家に帰って、封筒から出して読み始めて、大泣きしました。

 

この時の先生(ベテランの女性の方)がすごくいい人だったんですよ。

ハキハキしていて、ビシッと叱ることもあれば、私が友達関係で悩んでいた時はこっそり話を聞いてくれましたし。

しかも英語も出来て、バスケも上手で、ピアノも弾けて、書道をやってて達筆で、何でも出来る素敵な先生でした。

 

その先生からの手紙を読んで、溜まっていた気持ちが一気に溢れ出ました。

寂しさ・嬉しさを感じただけじゃなくて、「自分はこんなに人に恵まれてたんだ」ということに感動したんです。

人間不信で心が冷え切っていた時期だからこそ、ジーンときてしまって。

 

先生達や、ここまで育ててくれた親・祖父母。

「いろんな人が支えてくれたからこそ、自分はこの日を迎えられたんだ」ということに気付いて、あったかい気持ちになったのかもしれませんね。

それで泣いちゃいました。

 

ただ非常に申し訳ないことに、肝心のその手紙を探したんですが所在不明なんです(汗)

どこにやったのかな~、先生ごめんなさーい・・

中学校時代(2009年)

並んで通学する2人の女子学生のイラスト

私の住んでいた地域(今も同じ)って、小学校と中学校でほとんど顔ぶれが変わらないんですね。

しかも1学年2クラス程度の田舎だったので(これでも地元では多いほう)、中学に行ってもみんな顔見知りなんですよ。

だから、初対面の人ばっかりの状態に比べれば安心感がある。

 

ただ、私にとってはちょっと複雑でした。

人間関係は小学校の時と変わらないので、一回孤立した私はここでもまた孤立しちゃったんです。

 

この頃の私は完全にぼっち状態になっていて、誰とも話さなかったし、いつも机で一人ポツンとしていました。

大人しかった分、陰でいろんなことを言われたりもしたし、先生からもナメられてたし・・

思春期だったこともあって、精神的にいっぱい悩んだ時期でしたね。周りのみんなもそうだったと思うんですけれど。

 

ただ幸い、「友達」って言えるほどではないですが、そんな私を気にかけてくれた子もいました。

まあ人数も少ない学校だし、学年メンバーのほとんどが小学校の頃からのお付き合いですからね。

一人で過ごすことが多かったけど、ここでも人には恵まれてたと思います。

 

たくさん悩んで、凹んで、支えられてきたからこそ、思い出深いものになった中学校の3年間。

だから、卒業式でも泣いちゃいました。

 

全校で「仰げば尊し」を合唱してる時、必死に堪えてて。

音楽ってすごいですよね・・歌ってると自然にいろいろ思い出しちゃうんですよ、それまでのことを。

で、気が付いたら周りの女の子達みんな泣いてるんです。

 

そっかそっか、みんなにとっても幸せな3年間だったんだなって。

中にはストレスでしょっちゅう過呼吸になったり、一時期不登校だった子もいたりしたんです。

でもみんな今日まで頑張ってこれた。

 

それ見てたら私も我慢出来なくなってしまって。

最後に「旅立ちの日に」を歌って、在校生ご来賓保護者の前で泣きながら退場しました(笑)

 

実際は私達より担任の先生(男性)のほうが泣いてましたけどね。

今振り返れば、中学もそれだけ充実はしてたんだと思います。

高校時代(2012年)

高校の時は泣きませんでした。

びっくりするほど泣けませんでした。

 

まあ結論から言うと、楽しくなかったんですよ。

「学生生活で一番楽しい時期じゃん!」っていう人もいると思うんですが、私はそうじゃなかった。

むしろ一番人付き合いに悩んで、周りに打ちのめされて、自分のことに無気力になった時期です。

 

そこそこの進学校だったので、勉強ばっかりでつまらなかったというのもあります。

それに、中学と比べて生徒の数も倍以上だったので、人間関係にも疲れちゃったんです。

泣きながら歩く女子高生のイラスト

このへんの詳しいエピソードについては別の記事に書いているので、そちらをご覧いただければと思います(この記事の最後にリンクを載せています)

とにかく、引っ込み思案だった私は新しい環境で友達も出来ず、勉強にもついていけず、これといった思い出は何もない高校生活を送ったのでした。

 

当然、卒業式はあっけらかんとした調子で終了。1滴の涙も零さずに。

その後部活のメンバーで焼肉して、後輩からプレゼントをもらって嬉しかったことしか記憶にありません。

本当にこの頃には戻りたくないですね。断じて戻りたいとは思わないです。

大学時代(2016年)

私は作曲を勉強してみたくて、高校卒業後は音大に進学しました。

それなりに勉強は頑張ったし、作品制作に打ち込んだりして、好きな音楽をいっぱい極められた4年間でしたね。

 

相変わらず人付き合いは下手で、学校では一人で過ごしてばっかりでしたけど。

それでも、まあまあ楽しい大学生活でした。一人暮らしも出来たし。

 

ただ、自分のこれからについて悩むことが増えたんです。「私はどう生きていきたいんだろう?」って。

周りが着実に就職活動を進める中、私は自分にしっくり来る道が分からなくてずっと迷っていました。

4年間はあっと言う間に過ぎて、結局進路が決まらないまま卒業することに。

 

だから、卒業式の日は嬉しさと不安でかなり複雑な気分でした。

 

綺麗な袴を着て写真撮って(疲れるけど)、学位記ももらえた。おめでたい。

でも周りはみんな「来月から○○に行くんだ~」「研修始まるね!」って、これからのことを楽しそうに話してる。

それを見て、やっぱり素直に喜べなかったんです。私だけ何も決まっていなかったので。

 

「就職決まった?」っていう質問がこの頃一番怖かったですね。

そんな私の気持ちを理解してくれていたのが、一緒に式に参加した母でした。

 

式が終わった後、音楽科のメンバーと先生達との謝恩会があって、夜9時ぐらいにアパートに帰ってきたんですが。

テーブルの上に、先に実家に戻っていた母からの置手紙があったんです。

綺麗なブリザードフラワーと、近くのパン屋さんの美味しいパンも添えられていて。

グラスに入ったブリザードフラワー
▲今でも大事に飾っています

小学校の時と同じく、手紙を読み始めて号泣しました。

 

「とうとう卒業してしまいましたね。4年間本当によく頑張りました。
進路が決まればなお良かっただろうけど、安音が納得出来る道に行けたらそれでいいと思います」

というようなことが書いてあって、泣けましたね・・

 

安心したんです。焦らなくていい、自分の生き方は自分のペースで見つけていけばいいんだって。

母の存在にも最後まで助けられてばっかりの4年間でした。

 

それが嬉しくてありがたくて、「このアパートとももうすぐお別れか」って思うと寂しくて。

泣きながらクロワッサンをほおばった記憶があります(←すごく美味しいお店だったんですよ)



【まとめ】自分の毎日は自分で楽しいものにしよう

ということで、ここまで私の超個人的なエピソードにお付き合いいただきありがとうございます。

こうして振り返ってみて思うのは、「やっぱり人生、その時々を楽しいものにしていきたいな」ということ。

 

こういう人生の節目にあたる時期って、今までの自分を振り返ることが多いじゃないですか。出会った人のこととか経験したこととか。

その時に、少しでも自分で「良かった、楽しかった」って思える毎日にしたほうがいいと思うんですよね。

青空の下に咲く桜の花

学生生活にしても、その最後の日である卒業式がつまらないものだと、自分に対してもあんまりいい気持ちにはなれないです。

私は高校の卒業式でそれを痛感しました。

「小学生の時みたいに、もっといろんなことをやって楽しんでおけば良かった」って。

 

最後の日に後悔するって、すごくもったいなくないですか?もう戻ってこない時間なのに。

逆に、卒業式で泣けるほど別れが惜しいのは、その場所でそれだけ濃密な時間を過ごせたということ。

 

まさに今学生生活を送られてる皆さん、楽しく学校に通えてますか?

楽しむって、別に友達をたくさん作ってワイワイやるとか、部活や行事の時に全力を出す、ということばっかりじゃないと思うんです。

勉強を頑張るのが好きな人もいるだろうし、一人で過ごすほうが気楽な人もいるし、それぞれに自分の楽しみ方がある。

 

毎日をどれだけ楽しいものにするかは、自分の行動が決めること。

だから、私が大学時代に母からの手紙で教わったように、どんな形でも、最後に自分が納得出来るように過ごしていく。

それが大事なんじゃないかと。

 

もちろん、時には上手くいかないこともあるでしょうけど、それも含めて人生ですからね。

自分がその道を信じられれば、壁なんて自然と乗り越えられるし、後々いい思い出になりますよ。

 

・・なんて、ちょっと熱く語りすぎちゃいましたが(苦笑)

後悔しない毎日を自分で作っていきましょう!

そして、晴れ晴れとした気持ちで最後の日を迎えられますように。

 

安音でした、チャオ♪

 

 

(2019年3月24日追記)
この記事で書き切れなかった高校時代のエピソードについてはこちら!

>>毎日を自分で面白くする。貴重な青春を楽しめなかった私が得た教訓